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名古屋地方裁判所 昭和33年(わ)1228号 判決 1964年2月20日

主文

被告人四名をいずれも罰金一〇、〇〇〇円に処する。

各被告人においてその罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人北川善一郎、同三浦泰助、同岩田文男(昭和三五年六月九日及び同年七月二一日の各公判期日に関する分)同野口周市(昭和三五年六月一〇日の公判期日に関する分)、同佐藤孝夫(昭和三五年七月二一日の公判期日に関する分)、同江口幸春(昭和三五年七月二一日の公判期日に関する分)、同岩本静雄、同中村秀蔵、同堀内義雄、同浅田鋭三郎、同平岩松治(昭和三五年一〇月四日の公判期日に関する分)、同浅岡政元、同羽根田博、同三浦金市、同浅岡鉱次郎、同倉地勝三(昭和三六年一月二六日、同年二月二三日、同年一一月九日、昭和三七年四月二四日の各公判期日に関する分)、同木下敞(昭和三六年六月八日、昭和三七年九月一三日の各公判期日に関する分)、同近藤鎮雄(昭和三六年六月八日、昭和三七年一〇月一一日の各公判期日に関する分)、同大出俊、同大〓鎮一(昭和三六年九月一四日、昭和三七年一〇月一一日の各公判期日に関する分)、同市川拡三、同小沢良之、同江川宏(昭和三七年三月三日、同年一〇月一一日の各公判期日に関する分)、同松崎善治、同林辰男、同浅田謀、同斎藤昇、同柴田昇、同福富逸雄、同佐藤重弘、同石原一雄、同田中勝彦、同岩越喜久雄、同沢田政吉、同武藤治郎、同梅本弘、同野村平〓、同泉春雄、同田上武治に各支給した分はいずれも被告人四名の連帯負担とし、証人湯浅順次郎(昭和三六年一一月九日の公判期日に関する分)、同寺尾秀夫(昭和三六年一一月九日の公判期日に関する分)、同守屋進、同山本喜久雄(昭和三七年四月二四日、昭和三八年四月一一日の各公判期日に関する分)に各支給した分の二分の一は被告人宇野、同杉田、同井田の連帯負担とする。

本件公訴事実中、公務執行妨害の点については被告人宇野、同杉田はいずれも無罪。

理由

(被告人らの身分及び本件発生に至る経過)

被告人菊池旦、同宇野鎗一、同杉田喜六、同井田勇はいずれも郵政省の職員で、被告人菊池は昭和二九年から現在まで全逓信労働組合(以下全逓と略称する)の中央執行委員であり、同杉田及び同井田は昭和三三年当時全逓愛知地区本部執行委員で、同杉田は現在同本部書記長、同井田は現在同本部執行委員長であり、同宇野は昭和三三年当時同本部執行委員長をしていたものである。全逓は、昭和三二年五月、当時政府が人事院勧告や仲裁々定を拒否し続けて来たことから、全逓組合員の低賃金、低労働条件が生じたものであるとして、栃木県日光市において開かれた第九回全国大会において、昭和三三年の春季闘争目標として、新賃金二、四〇〇円獲得、スト権奪還などを定め、全国各地の郵便局で最高四時間の勤務時間内職場大会を実施することを決定した。右決定は昭和三三年一月広島県で開かれた第一六回中央委員会及び同年二月に東京で開かれた第三回戦術委員会で具体化され、職場大会の日時は三月下旬頃、時間は一ないし三時間、実施場所は全国各県の統轄郵便局と定められ、この決定は全逓東海地方本部、同愛知地区本部、同名古屋中央郵便局支部にも通達され、愛知県においては名古屋中央郵便局において職場大会を実施することが決められ、同年三月に入ると全逓東海地方本部、同愛知地区本部、同名古屋中郵支部では地本拡大戦術委員会、同中郵執行委員会を開き職場大会実施についての具体的討議を行つた。そうして同月一七日には、全逓中央本部から中闘指令第三七号が発せられ、同月二〇日午前八時三〇分より二時間の勤務時間内職場大会実施が指令され中郵支部においては同月一八日同支部の執行委員、職場委員で構成される合同職場委員会を開き、右指令に基づく職場大会実施を最終的に決定すると共に、同月一九日、中郵支部では各職場において集会を開き、翌二〇日の大会参加の具体的方法が定められた。

他方管理者側も同月一八日頃から、名古屋中央郵便局長名義で、時間内職場大会参加が郵便法七九条に違反するとの理由で、参加者は刑事処分を受けるおそれがある旨の警告文を同局正面玄関に掲示し、同月一九日には同局正面玄関及び北門入口に立入禁止のビラを貼付するなどして、組合員の職場大会参加を阻止しようとした。

(罪となるべき事実)

第一、被告人四名は、木下敞、中島某、永田某らと共謀し、昭和三三年三月二〇日午前五時四五分頃、名古屋市中村区笹島町一丁目二二五番地名古屋中央郵便局東側地下第一食堂で、別紙記載の松崎善治ら九名が、それぞれ集配課外務員としての職場を放棄して、前記全逓名古屋中郵支部の時間内職場大会に参加し、速達便については午前七時三〇分から午前九時三〇分まで、著名者配達普通常便については午前八時から午前九時三〇分まで、それぞれその担当していた別紙記載の第一号郵便物の配達をしなかつた際、被告人宇野が「東京中央郵便局でも午前二時職場大会に参加したから皆さんもすぐ職場大会に参加して下さい」「東京中央局では只今脱出に成功したという電話があつたから皆さんも職大に行つて下さい」「組合が責任を持つから出て行つて下さい」などと、右松崎らに申し向け、被告人菊池も同人らに対し「東京中郵でも職場大会が行われて参加しているから職大に出て欲しい」旨を申し向け、被告人井田及び同杉田も「出て下さい」「出て下さい」などと申し向け、右松崎らの右郵便の不取扱いをいずれも容易にして、もつて、これらを幇助し

第二、一、被告人四名は右第一記載の日時に、当時名古屋中央郵便局長であつた田中勇の管理していた同局東側地下第一食堂へ、右第一記載の目的で、被告人宇野、同菊池、同井田は同局正面玄関口から、被告人杉田は同局北通用門入口からそれぞれ故なく侵入し

二、被告人宇野、同杉田及び同井田は右同日午前七時三〇分ごろ、宿直勤務者で未だ前記職場大会に参加していない者を同大会に参加させる任務を帯びた約二〇名の組合員の指導者となつて卒先して、当時同局長であつた右田中勇の管理していた同局作業棟三階普通郵便課続いて同二階小包郵便課作業室に、同局正面玄関口から故なく侵入し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

法律に照らすと被告人ら四名の判示第一の所為は郵便法第七九条一項前段、刑法六二条一項、六〇条に、被告人ら四名の判示第二の一の、被告人宇野、同杉田、同井田の判示第二の二の各所為はいずれも刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、いずれもその所定刑中罰金刑を選択し、判示第一の所為は一個の行為で九個の罪名に触れる行為であるので刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重いと認められる佐藤重弘に対する罪の刑で処断することとし、右は従犯であるので、同法六三条、六八条四号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で各被告人をいずれも罰金一〇、〇〇〇円に処し、各被告人において、右の罰金を完納することができないときは同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとする。訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により主文掲記のごとく負担させることとする。

(一部無罪の理由)

一、本件公訴事実中、公務執行妨害の点は、「被告人宇野および同杉田は山本喜久雄等二〇数名と共謀し、同日午前七時五〇分頃同郵便局作業棟二階小包郵便課作業室において郵政事務官同課主事寺尾秀夫が上司たる同課副課長湯浅順次郎に対し同人不在中における勤務状況を報告中右寺尾の両腕をとり腰部を押す等の暴行を加えて室外に連れ出し以て同主事の職務の執行を妨害したものである」というのである。

二、第二九回、第三〇回公判調書中の証人湯浅順次郎、第三〇回、第三一回公判調書中の証人寺尾秀夫、第三五回公判調書中の証人岩越喜久雄の各供述部分及び写真手札型(証二八号の一ないし四)によれば、外形的には公訴事実記載の日時場所において公務を執行中の寺尾秀夫に対して、公訴事実記載のような暴行が加えられたものであることを一応認定することが出来る。

三、弁護人は右公訴事実記載の日時場所において、寺尾秀夫が勤務時間中であつたとしても、同人には当時指揮監督すべき現実の業務及び自ら具体的に処理すべき書類などもなく、郵便日誌の記帳も同人以外の者がなし得るのであり、同人は湯浅副課長らと雑談していたものであるから、同人の状態は職務の執行中というに足らないものであると主張するが、右二掲記の各証拠によれば、昭和三三年三月二〇日における寺尾秀夫の勤務時間は午前九時までで、右公訴事実記載の日時場所においては、同人が湯浅副課長に対し業務の運行状況について報告をして居たものであり、同人には差立関係書類の検査、郵便日誌の記帳、日勤の主事に対する事務引継ぎなどの職務が残つていたものであることが認められる。のであるから、被告人宇野、同杉田、同井田らが右公訴事実記載の場所に赴いた際には、寺尾秀夫は現に職務の執行中であつたものであつて、この点に関する弁護人の主張は採用出来ない。

四、然しながら、右二掲記の各証拠に、当公判廷における被告人宇野、同杉田、同井田、証人山本喜久雄の各供述、第三四回公判調書中の証人渡辺重幸の供述部分を綜合すると次のような事実が認められる。即ち

(一)  寺尾秀夫は全逓労組が結成されて以来の組合員であり、昭和二九年頃には全逓名古屋中郵支部の支部長をしていた経歴を有し、本件職場大会が行われた当時も同支部の職場委員の地位にあり、昭和三三年三月一八日右職場大会実施についての支部拡大斗争委員会にも同委員として出席し、同月二〇日名古屋中央郵便局において時間内職場大会が実施されることを予め了知して居り、同人は同大会へ参加しなければならないとの意思は有していたものであるが、他方当時同人は名古屋中央郵便局小包課の主事の職制にあり、同大会に参加すれば管理者側の主張する郵便法七九条違反による刑事処分や或いは行政処分を受けるおそれがあることなどから、自らすすんで同大会に参加し難い状態にあつたものであること。

(二)  寺尾秀夫と被告人宇野とは、同人が昭和二九年頃全逓中郵支部長当時、同被告人は全逓愛知地区本部委員長であり、全国大会に出席し、同宿したこともあり、当時日常の組合活動を通じて頻繁に接触していたものであり、昭和三三年三月一八・九日夜、被告人宇野が寺尾秀夫に会つた際、同被告人は同人に対し本件職場大会への参加を要請し、右(一)認定の事情から困惑している同人に対し、うまくやるからと申し伝えたこと。

(三)  本件職場大会の当日、被告人宇野、同井田、同杉田らが他の組合員を引き連れて、小包郵便課作業室へ赴いた際、寺尾秀夫が湯浅副課長に業務の運行状況を報告して居て、同大会へ参加しようとしていないのを発見し、被告人宇野がピケ要員に対し、寺尾秀夫は前支部長だから連れていつて呉れ、早く連れていつて呉れと申し向けたこと。

(四)  その際寺尾秀夫と被告人井田とは仕事の処理状況などについて言葉を交していたが、同人と同被告人とは終戦後第一回の郵便現業幹部訓練の同期生で半年間研修を共にした親しい間柄であり、被告人宇野が右(三)認定の連れ出しを要請した際、被告人井田が同杉田に替つて呉れと申し向けたので、被告人杉田らは寺尾秀夫の近くに集り、ピケ要員の山本喜久雄、同渡辺重幸が寺尾秀夫とそれぞれ腕を組み、同人は最初一瞬腰を落したが、すぐそのままの態勢で室外へと歩き出したこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はにわかにこれを信用し難い。

五、そうして、更に右二掲記の手札型写真証二八号の三を仔細に検討すると同写真は右公訴事実記載の場所から通路へ出た際のものであるが、寺尾秀夫と腕を組んでいる山本喜久雄及び同人らの背後からこれに続いて居る被告人杉田は微笑して居り、寺尾秀夫も山本喜久雄らに連れ出されるのを嫌つている様子には見受けられないし、また局外へ出た直後に撮影された証第二八号の五の写真によれば、被告人杉田らと寺尾秀夫とが談笑しながら歩いているように見受けられるのであり、これら写真からは、寺尾秀夫が局外へ連れ出された一連の場面において緊迫した雰囲気があつたものとは認定することが出来ない。

六、右四、五における諸認定事実によれば、寺尾秀夫は湯浅副課長の面前においては、行政処分や郵便法七九条違反による刑事処分を受けることをおそれ、被告人宇野らが、同人の所へ赴いた当初は、職場大会参加の意思を有していたのにも拘らず、右参加の意思を有していないかのように振舞つていたが、被告人宇野らが同人を連れ出す態勢を採り出したので、その後は右処分を受けるおそれが軽減されたことから、被告人宇野らに連れ出される形に従つて、自ら本件職場大会へ参加したものではないかと窺れるのである。

七、そうだとすれば、寺尾秀夫はその際に自ら公務執行の意思を放棄したものと云えるから、その後に被告人宇野らが同人と腕を組んで同人を室外へ連れ出した一連の行為は同人の公務の執行を妨害するために為されたものと云うことは出来ないし、また同人の承諾を得たものとして違法性を欠くものと云うことが出来る。

八、よつて被告人宇野、同杉田に対する本件公務執行妨害罪の訴因については、その証明が十分でないから、刑事訴訟法三三六条後段により、同被告人らに対して、いずれも無罪の云い渡しをすることとする。

一、検察官は判示第一の被告人四名の所為については、これを郵便法七九条一項前段違反の教唆行為であると主張し、弁護人らはその成立を争う。当裁判所も弁護人主張のように本件においては被告人らに同法条違反の教唆犯は成立しないものと解するのであり、その理由は、証拠の標目欄に前掲した各証拠によつて

(一)  本件職場大会の実施に至るまでの全逓名古屋中郵局支部における諸組合活動によつて、組合員に職場大会の開かれることが周知徹底されて居り、集配課外務員であつた松崎ら同法条違反の正犯とされる九名においても当日朝食堂に集合し、同食堂から職場大会に参加する手筈になつていることを知りながら、食事時間であるとは云え、誘いあつて一人として時間をずらすことなく同食堂に赴いていること。

(二)  職場大会当日の地下第一食堂における右松崎ら九名の職場離脱が被告人宇野ら四名の所為に因つて、僅か数分のうちに、円滑に行われて居り、被告人らの所為も判示のようなものであつて、松崎らに対し強制的な所為に出ていないこと

などの事実が認められること及び松崎ら九名の検察官に対する各供述調書の各記載部分は、何れも同人らが同法条違反の被疑者として取調べを受けたことによるものであり、同法条による処分を受けるかも知れない立場にあつた同人らにとつて、同法条の犯意は被告人らの行為によつて生じたものである旨供述することが、当時最良の弁解であつたと考えられ、このことは、小沢良之の昭和三三年五月一六日付供述調書には、当時職場委員をしていた斎藤昇が小沢に対し、職場大会の前夜、翌日の大会には参加して呉れと云つていたことになつているのに、斎藤の各検察官に対する供述調書では、いずれも斎藤自身当日朝、食堂へ行くまで同法条の犯意がなかつた旨の記載になつていることからも窺れるのであり、同人らの同法条の犯意の生じた時期についての各記載はいずれもにわかに措信し難いと考えられることなどから、被告人ら四名の地下第一食堂における行為の際に、松崎ら同法条違反の正犯者とされる九名に職場大会参加の意思即ち郵便不取扱いの犯意がなかつたものとは認め難いと云う点にある。

二、右のようにその当時松崎ら九名において既に郵便不取扱いの犯意を有していたとすれば、前掲各証拠によつて被告人ら四名の所為はとりもなおさず松崎ら九名の郵便不取扱いの行為を容易にしたものと認められるのであつて、この点において被告人ら四名の所為は郵便法七九条一項前段違反の幇助犯に該当するものである。

三、そうして、このように被告人らの所為について、郵便法七九条一項前段の教唆犯が成立するか幇助犯が成立するかが一にかかつて正犯者の犯意の生じた時期如何によるものであり、被告人らの幇助行為に該当すると認定された所為が、検察官が起訴状記載の公訴事実において主張する教唆行為と全く同一である本件においては然も被告人ら弁護人らにおいて、当裁判所の認定したように松崎ら九名の正犯者には本件職場大会当日朝の食堂において、既に同法条違反の犯意が生じていたものであると主張する場合には、訴因変更の手続を経ることなく、その幇助犯を認定することは、何ら被告人ら、弁護人らの防禦権の行使を妨げるものではないので、判示のように認定した次第である。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人らは公共企業体等労働関係法一七条は憲法に違反し、仮りにそうでないとしても、同法条違反の行為についても労働組合法一条二項の適用があり違法性が阻却される旨主張するが、公共企業体の国民経済及び国民生活に対して有する重要性にかんがみ、その職員が一般民間の労働者と異なつて、労働運動につき同法条に規定されるような争議行為禁止の制限を受けても、憲法二八条に違反するものではないし、公共企業体等の職員はこのように争議行為を禁止され争議権自体を否定されているのであるから、もはや争議行為であることを理由に直ちにそれが正当行為に該るものとは云うことが出来ず、労働組合法一条二項の適用はなく、他に相当の事情がない限り違法性を阻却されないものと解すべきである。そうして松崎ら本犯とされる九名及び被告人らの判示各所為は、前記認定のような当時の状況を前提としても、このような行為に出ることが緊急真に止むを得ないものであつて全法律秩序の精神に照らしてもはや非難を加えるべきものでないものとは認められず、超法規的に違法性を阻却されるべき行為と云うことが出来ないから、弁護人のこの点に関する主張は採用することが出来ない。

二、弁護人らは郵便法は本来事業法の性格を有し、労働関係を規律することを目的として制定されたものではないから、同法七九条は個別的職務違背に基く郵便不取扱いに対して適用されるもので、集団的争議行為にまで適用されるものではない旨主張するが、郵便法は、事業法として郵便業務の円滑な運営を確保することを主要な目的の一つとするものであるから、郵政職員が争議行為として郵便の取扱いをしない場合においても、それが郵便業務の円滑な運営を阻害し、同法の法益を侵害する以上、他の理由によつて右争議行為が正当な行為として違法性を阻却されない限りにおいてはこれに対する罰則の適用を受けるものであると云わなければならない。従つてこの点に関する弁護人らの主張も採用することは出来ない。

三、弁護人らは郵便法七九条一項にいわゆる「ことさらに」とは郵便不取扱いに対する悪意を意味し、また同法条の郵便物不取扱罪の成立を認定するには、取り扱わなかつた郵便物の内容が特定していなければならないところ松崎ら正犯とされる九名には右悪意がなく、また、松崎ら九名の取扱わなかつた郵便物の特定を欠くから不取扱罪の成立は認定することが出来ない旨主張するが、同法条に「ことさらに」とは不取扱い者において故意のあることを要する趣旨にすぎないと解されるし、また郵便物の特定についても、不取扱罪は取扱うべき郵便物があるにも拘らず、これを取扱わなかつたことにより成立し、不取扱者の取扱うべき郵便物の存在していたことが確認されれば充分であつて、それ以上に取扱うべき郵便物が特定していることを要するものではないと解すべきである。そうして前掲各証拠によれば本件において松崎ら九名が時間内職場大会に参加したことは勤務に服さないことによる郵便不取扱いをその目的としたものであり同人らが取扱うべき郵便物のあることを認識しながら職場を離脱してその取扱いをしなかつたものであること及び同人らの現実に取扱うべき郵便物の存在していたことが確認されていることなどが認められるのであるから同人らにおいて同法七九条一項前段の不取扱い罪の成立することは明らかである。従つてこの点に関する弁護人らの主張も採用できない。

四、弁護人らは本件職場大会は全逓斗争指令第三七号、全逓企第一〇〇号に基づく正当な指令に基づくのであり、この指令は組合規約上被告人らを拘束するものであるから、被告人らの行為には郵便法七九条違反の教唆犯の概念を容れる余地がない旨主張するが、本件職場大会への参加は業務の正常な運営を阻害することを内容とする争議行為であつて公労法一七条に該当するものであり、これの実施を内容とする組合の決定及び指令は違法行為の決定及び違法行為をなすべき旨の指令であつて、組合員はこれに服従する法的義務を負うものではなくその自らの判断と責任とに従つて行動すべきものと解すべきであるから、この点についても弁護人の主張は採用することが出来ない。

五、弁護人らは建造物侵入の点について、被告人らの各局舎立入行為は正当な組合活動に基づくものであり、同人らのとつた手段、方法も相当なもので、何ら局舎の施設や局員の執務に対し障害を与えていないのであるから、建造物侵入罪を構成しないと主張するが、被告人らが判示第二の各庁舎立入行為に出た目的は、判示第二の一においてはまさしく、同第二の二においても主として郵便法七九条一項前段違反の幇助行為ないしは教唆行為に該る行為をすることにあつたと認められ、その立入の目的において違法と評価されるものであるから、被告人らの各所為はもはや正当な組合活動であるとは云い得ず、同被告人らが管理者側の局舎立入禁止の意思に反して局舎にそれぞれ立入つている以上、建造物侵入罪を構成するものと云わなければならない。従つてこの点についての弁護人らの主張も採用することが出来ない。

よつて主文のとおり判決する。

別紙

<省略>

<省略>

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